万葉集は大きく分けて三つのジャンルで構成されている

「新しい元号は令和であります」

菅官房長官が手にした額に日本中が注目しました。

令和は万葉集第5巻の梅の花を歌った「時に、初春の月にして、気淑く風ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す」から採用されたようです。

万葉集は誰もが中学校時代に習ったものではありますが、多くの方はあまり興味をもてなかったのではないでしょうか?

ただテスト勉強で覚えるだけのものと思っていませんでしたか?

現在までの元号は中国の古典を参考にされていたのですが、この令和からは日本最古の和歌集である万葉集が出典元となったことにより、本屋では増刷など現在ちょっとした万葉集ブームとなっているようです。

そこでこの記事では万葉集の基本である三つのジャンルについて代表的な歌を例にあげ、わかり易く説明します。

この記事を読んでわかる事

万葉集は大きく分けて三つのジャンルがある

相聞歌とは

挽歌とは

雑歌とは

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目次

相聞歌

相聞(そうもん)とは、互いに安否を問って消息を通じ合うという意味の言葉であり、雑歌・挽歌とともに『万葉集』の三大部立を構成する要素の1つである。

引用元:wikipedia

相聞歌には親子、兄弟、友人など親しい関係の人に恋慕や親愛の情をのべた歌ですが、大部分が恋人同士又は片思いや失恋などの今でいう所の恋話(コイバナ)の事になります。

ご存知の通り、万葉集は天皇や皇族、官人そして庶民など色々な身分の人の歌をまとめたものです。

万葉集は今からおよそ1200年前に編集された歌集ですので、その当時の恋愛事情「恋話」を知る事が出来るのです。

所で万葉集が編集された7世紀後半から8世紀後半は日本では奈良時代末期にあたりますが、その当時の人々の平均寿命ってご存知ですか?

ナントおよそ30歳位と考えられているのです。

もちろん現代と違い医療など発達していませんので、子供の死亡率が高く食料の偏りだったり飢餓もあったり、戦もあったでしょうから寿命は短かったのは無理もない事です。

現代の30歳というと仕事も中堅どころで家庭を持ち始める方もいらっしゃるでしょうが、未だに結婚してない方も相当数います。

まだまだ独身生活を楽しみたいし

今は仕事に打ち込みたいし

そのうちいい人と出会える

恋愛も何かの縁だからのんびりと考える

奈良時代はそんなのんきな事言ってられない時代だったのです。

平均寿命30歳というと成人してから約10年位しかないということですので、人間の本能である子孫を残す為にはのんびりとしていられないのです。

今こうしている間にも自身の身体が病に侵されているかもしれないし、明日戦に赴くかもしれない。

現代とは違い今日一日がとてつもない貴重な一日なので、恋も恋愛もガツガツ行かなくてはならなかったのです。

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俺って草食男子だから~
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確かにウサギは草食だよね

なんてのん気な事言っていたら、あっという間に寿命が来て一生を終えてしまうのです。

その為、万葉集の相聞歌には情熱的な歌が数多く存在しています。

君待つとわが恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く

作者:額田王

意味:額田王は飛鳥時代の女流歌人で魔性の女とも呼ばれた人で、天武天皇の妻でありながら、その兄の天智天皇(中大兄王皇子)の事を想う歌になります。

いつまで待っても来ないあなた(天智天皇)を想い焦がれているとき、秋風がすだれを動かすと、つい「あの方が来てくれた!」と思ってしまう乙女の恋心を表した歌です。

現代ではLINEの着信音があるたび、「あの人?」とスマホを即見してしまうのに似ていますね。

恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽してよ長くと思はば

作者:大伴坂上郎女

意味:ひたすら恋し焦がれ、やっと会えたその時くらいは、愛の言葉を言い尽くしてほしい・・・

この恋がいつまでも続けたいと思うならば。

なんとも情熱的でストレートな感情表現なのでしょうか。

奥ゆかし日本の美学というより、どこかラテン系に感じますね。

今この時間を一秒たりとも無駄にしたくないという気持ちが伝わってきます。

万葉集の相聞歌って情熱的ですよね。

挽歌

中国で葬送の時、柩を挽く者が歌った歌。転じて、悲しみを歌った詩・歌・楽曲のこと。

万葉集で、相聞(そうもん)・雑歌(ぞうか)とともに三大部立ての一。人の死を悲しみ悼む歌。古今和歌集以後の「哀傷」にあたる。

引用元:wikipedia

誰もが避ける事が出来ないのが死です。

寿命の短かった奈良時代では若くして亡くなる方が多く、残された恋人や夫婦や親が亡くなった方に自身の想いを歌にしたものが挽歌です。

滝の上の三船の山に居る雲の常にあらむとわが思はなくに

作者:弓削皇子

意味:滝の上の三船の山には、常に雲がかかっているが、我は常にこの世に存在する事はない

現代人は漠然と必ず朝はやってきて、ご飯を食べ仕事をし、帰ってテレビ見て寝る。何となくこの繰り返しで一年が過ぎてゆくと思いがちですが、万葉集の頃の奈良時代は明日さえ本当に迎える事が出来るかどうかもわからない毎日だったのが読み取れます。

実際この歌を詠んだ弓削皇子も政治がらみで暗殺されたと言われています。

福のいかなる人か黒髪の白くなるまで妹が音を聞く

作者:不明

意味:今現在幸せを感じている人もわかってほしい、白髪になるまで夫婦そろって歳を取れ、ましてや愛しい妻の声を聞けることはなんとも幸せでうらやましいことなのです。

だから今もいつでも妻を大事にし愛せよ。

この歌を詠んだ人の妻は若くして亡くしているようで、幸せとは何か?を考えさせる歌であり、現代にも十分通じる内容です。

秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めむ山道知らずも

作者:柿本人麻呂

意味:黄葉(モミジ)のように散って(亡くなったしまった)しまった妹(妻)を、出来る事なら死後の世界から連れ戻したいのだが、その方法がわからない。

悲しさをじわじわと感じ取るような、歌に込められた想いが伝わってきます。

雑歌

雑歌は相聞・挽歌に属さない全ての歌の事を言います。

いわゆる題材はなんでもokで普段の生活で感じる歌であったり、季節の変化を歌にしたものなど様々なジャンルを集めたもの。

石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも

作者:志貴皇子

意味:水しぶきをあげて激しく流れる滝のほとりではさわらび(ワラビ)が芽をだし春を感じる

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 不尽の高嶺に 雪は降りける

作者:山部赤人

意味:田子の浦を通って出てみると不尽(富士山)の高い所には真っ白な雪が積もっている

この句は百人一首で有名な句ですのでご存知の方は多いのでは?

験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし

作者:大伴旅人

意味:験なきもの(悩んでいてもしょうがない悲しみ)を思いつめているより、一杯の濁れた酒(モヤモヤした気持ちを酒と一緒に)を飲み干した方がいい。

なぜか、河島英五さんの「酒と泪と男と女」の歌を思い出してしまいました。

万葉集のジャンルまとめ

万葉集には大きく分けて「相聞歌」「挽歌」「雑歌」の三つに分けられている

相聞歌とはコイバナ

挽歌とは悲しみを歌った詩

雑歌とはごちゃまぜジャンル

我々はどこかで、万葉集などの古典は古臭い文学と思っている方が多いと思いますが、よく読み返して本当の深い意味を知ると、1200年前に生きた人達の想いや心のあり方などがわかります。

是非この機会に古き良き昔からのベストセラー「万葉集」にもっと深くふれてみては?

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